散歩みち

最新7回分

[バックナンバー] [目次] [トップ]

2019年5月20日(月) 雑記



<<追記20190520
賢いとは知的好奇心旺盛で
それなりに知的な事にシンパシーもあるというのが賢いと私は思う。
バカは自分の都合ばかり考えている。
そこに水と油が表現出来る。そして賢い人の面白いシンパシーがバカにはわからない。
それで会話が成立しない。バカがつまらない事言っているようにしか聞こえない。
つまりバカなんていなくても知的な面白い事が出来るのである。
それがバカにはわからない。それがバカの正義で私を真っ黒にさせる原因である。
そしてバカは自分を真っ白だと思っている。
面白い事は努力じゃあないと思っている。努力で勝ち取る面白さがわからない。
そして賢い人の一致団結がわからない。損得で動いていると思っている。
何か面白い知的な事に一致団結しているのがわからない。
結局バカは絵に描いた餅である。そんな知的で面白い無限の可能性を
自分の都合で損得で動いていると思っている。だから一致団結していると思っている。
だからバカの話も通じると思っている。
ここまで来ると私にはもう住む世界が違うとしか思えない。
異次元世界の意見交換である。それが私の風当たりが強いのは
ここまで来ると犯罪である。夢のような世界が待っているのがわからない。
それが賢い人の一致団結だと私は思う。
-----------------------------------------------------------------------------
もうこの辺でこの話はやめようと思う。
文章でわかるより体でわかるものないかと踊り念仏のテレビでやってたけど
こんなに無宗教の現在で難しい課題である。
何か高卒も犯罪やなと思う。勉強が足らないと思う。
大学も無償化した方が良い気がする。それが私の迷惑につながっている気がする。
小学校の時に人間はどのような勉強をするのか教えるべきだと思う。
そんな系統だった話を多分野に教えるべきだと思う。
それで大学に行くか行かないか判断した方が良い。
高校のような勉強がすべてだと思わない方が良い。
それを小学校の時から提示すべきだと思う。
大体高校の理科の勉強も大学でさらに複雑になる。
そんなに高校のやっている事は簡単な事である。化学も生物も物理も数学もである。
なので大学入試でゴールなんて事は無い。
それなのに大学浪人決定の春に永久機関を思いついた。
学歴も犯罪である。そうやって私は大学入る前から結果が出ていた。
そうとう物理に悩んだけど大学出てから物理が信じられなかった。
そうやって私はゾンビのように立ち上がった。
いかに想像を絶する苦労か知って欲しい。
もうこの辺にして穏やかに暮らしたい。健康とは難しいもののように思う。
それを明日健康の難しさについて書き込みたいと思う。
ともかくボチボチである。
<<追記20190520end

Blogger

Facebook

2019年5月19日(日) 近況



<<追記
今日も何とか日課を終えた。メールのチェックもした。
テレビの録画を今から消化するつもりでいる。
これ以上何がしたいのか私にはわからない。
ただひたすらに私を困らせているだけである。
そんな厄介が私に何の関係があるのかわからない。
全て私には身の覚えのない事であり無関係です。

私がどうなんかより
賢い人とうまくやっていけないだけです。
それに気づいたはずです。私もその一人というだけです。
何も私が特別なんて事はありません。
例外も無く私もそうです。
最低ラインがどうであれそれに関係無く生きていけるというのが
私の見解です。それは私も例外がありません。
そんな手前油と水です。バカがバカやっているぐらしか認識は生まれません。
そんな事無くても私は生きていけます。
そんな事実しか私は直視出来ません。なので異次元の意見は私には受け付けません。
また違った現実を感じて生きています。
もうここまで来ると意見が合いません。
それを人間と呼べるのか私にはチンプンカンプンです。
共通認識は不可能です。だって意見が合わないからです。
それは仕事も同じです。勉強も同じです。

それを教育が実現している事実にウンザリです。
事実さえ議論せなああかんのは私には徒労です。
今の現状の知識は永久に不滅です。
あるものに形は変えるかもしれませんが大体の事はあってます。
局所的に違ってくるだけです。それなのにそれだけ議論するのは私には耐えられません。
それに持ち込んでくるのは自分の都合なだけです。
そんなんで神の法則は成立していません。
なんべんやっても同じように法則は成立しています。
人間の都合で自然や世の中は成立していません。

それを知らずして義務教育が成立するのか私には理解不能である。
ほとんど先生の怠慢である。教育の失敗である。
話が成立しない感情ばかり本当にウンザリである。
そんなんよりまともにしっかり生きたい。それが出来無い人が問題を起こしている。
それが私には全く関係ございません。
どういうのが賢いのかわからんから、うまくいかないのである。
本当に水と油である。

あしたはあしたボチボチやりたい。
<<追記end

Blogger

Facebook

2019年5月19日(日) 20190519の小言



<<追記
毎日健康のために生きているとは思う。
本を読むのもそうだと思う。
全て健康になる事を主眼に仕事も成立している。
何も不健康なために仕事する必要無いと思う。
健康こそが判断材料ではある。
なかなか体力的に難しい人生である。
あとは何がやりたいかぐらいしかない。
それを考えると何か美的感覚がいる気がする。
最近あまり無い何を描きたいかとか何を短歌も俳句も含めて文章にしたいかとか
ワビサビも含めておのれの美意識と修練していく気がする。
それが何となく色んな事に時間が短くなっている原因のように思う。
無意識の美が表面化するまで修練している気はする。
それが普通に近づいて
それがそれで健康になってはいる。
それぐらいまだ私にも何がやりたいかみたいな事考えている裏返しかもしれない。
何か創作意欲的だとそんな感じがする。
美意識は数学や物理だけじゃあないと思う。

それなのにみんな真っ黒になって勝ち負けを決めるのは
罪悪である。ただ私を真っ黒にしたいだけの比較論にしか聞こえない。
いつまで私を困らせるつもりなのかわからない。
防波堤のように役目を果たせない人が文句言っているだけである。
みんな流されて真っ黒になると思っている。
それが本人を認めない理由だと思っている。
そんなんじゃあなくてそんな本人を認めなくても生きていけるってだけである。
要するに不要なのである。
もっと違った考えで生きていけるってだけである。
それがわからない最低ラインなのである。
迷惑としか思えない。それで私は真っ黒になると思っている。
本人が真っ黒というだけである。私にはどうしようもない。
それぐらい何かをやるのに美意識が違うのである。
それを芸術にする方法が大事かもしれない。
本人の真っ黒を真っ白にする方法なんてあるのか私は今もって自信が無い。
それは小中学校の時も同じである。それがそのまま今の状態である。
とりあえず私を真っ黒だと思ってて本人は真っ白だと思っている。
そんな現実を前に途方に暮れる。
それで私は健康でいれない。それが私の本心であり幻聴である。
現実の認識のずれが私を不健康にする。
それが私の現状でありどうしようもない書き込みが続く原因である。
それをどうやってわからせるつもりなのか私にはチンプンカンプンである。
疫病神としか思えない。もっとまともな人間いないのかと思う。
それが男と女の現象である。それで私は幻聴を聞くたびブルーになる。
明日は仕事ボチボチやりたい。
<<追記end

スマホのブログ

三島SNSのブログ

2019年5月19日(日) 雑記



<<追記20190519
毎日わけわからんように叫ばれて私は得しているらしい。
だったら何で私にそんな事するの?そう思える人が叫ばれればいいんじゃあないの?
私としてはパニックだし睡眠障害だし強迫観念丸出しである。
ストレスのなにものでもない。ただひたすら生活に障害があるだけである。
私としては穏やかに生活したいのが私の欲求である。
それで何で叫ばれて結果がついてくるのか私には理解不能である。
何のヒントも叫ばれたってついてこない。ひたすら私が考えているだけである。
私は他の事考えた方がまだマシなのに女は毎日同じ事をくり返している。
私にとって叫ぶ女はストレスにしかなっていない。
それで何で私の結果が叫ぶ女に関係あるのか私にはわからない。
そんなに考えが進むわけでもない。かえって考えるのに障害である。
毎日つまらない気分にしかなっていない。高揚感はゼロである。
それより音楽聞いている方が高揚感はある。そんなの万人に与えられたものである。
叫ぶ女より音楽の方が良い。それが私の本音である。
それが私が直面している現実である。

なのにそんなにストレスを感じて叫ばれたい男の神経が私にはわからない。

勇気の持てるロックの方が良い。それが私の正直な気持ちである。

何も女に認められなくても生きていける。
それが私の正直な気持ちである。もっとまともな女いないのかと文句タラタラである。

それなのに仕事で生活費を稼ぎ叫ぶ女にストレスを感じ
どうしてこれで私は得をしているのか私にはチンプンカンプンである。

自分勝手に男も女も生きているだけである。

私はそんな奴に束縛されている。これは明らかに犯罪である。
そんな事を許して良いのかというのが神様の声ように思う。
それが私の奇跡にあらわれていると思う。
それぐらい私は抵抗しているだけであって得をしていない。
そんなやりくりを通じてなんとか結果が残っているだけである。
まさに奇跡だと思う。普通ありえないと思う。
それは男も女も人知を超えている。それが私の現状である。

それでも明日はやってくる。
ボチボチやりたい。
<<追記20190519end


Blogger

Facebook

2019年5月18日(土) 20190518の小言



<<追記
最近読んでる本の紹介です。スマホで読んでます。
思考の整理学はエッセイみたいだとか書評にありますが
本としては本になっているけど採用出来無い事もあり話としては面白いものとかあって
これが賢い常識なのかもしれません。
だけどそんなのにとらわれない発想も大事だろうというのが私の実感である。
だけどあんまり出版が古過ぎて時代としてはもっと進んでいる気はする。
もっと今の時代にあった事考えないといけない。
デジカメもあるしスマホもあるしパソコンもある。
それなりに戦略がもっと違った形になるような気がする。
それでも話としては面白いと思う。

とりあえずまだ読んでいる途中なので
この三冊を面白く読んでいる程度なのだけど
私としてはブログなどの話のネタにはなる気がして書き込む事にした。

--------------------------------------------------------------------------------
父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。
ヤニス・バルファキス, 関 美和
Kindle 版

眠れなくなるほど面白い 図解 経済の話
神樹兵輔
Kindle 版

思考の整理学 (ちくま文庫)
外山滋比古
Kindle 版
--------------------------------------------------------------------------------

他には
平日に英語や漢文を読んで土日に他の外国語やっている。
あとは平日にプログラム関係土日にUMLぐらいである。
残すはコンスタントに物理関係をやっている。

それが最近の状況です。
仕事とウォーキングは別腹です。
生活費は稼がないと生きていけない状況です。
幻聴のため薬の影響で私の稼働時間は短いため生活と時間と本は最低必要になってます。
こんなに状況はツライですが私のやりくりによって何とかなっている状況です。
それなのに他人の文句なんて関係ありません。
全く無関係です。他人が生きていくより自分が生きていくの方が大事です。
それなのに他人が生きていくのを優先させるのは私にとって犯罪です。
なのに他人は私と比較したがるのはほとんど犯罪です。
私はいつも無関係でいたいだけです。
それを私はどうしようもありません。私は私でやるしか脳がありません。
だとしたら他人も同じじゃあないでしょうかと私は思います。
軟弱な大人としか思えません。しっかり生きて欲しいだけです。
それだけのためにモメテいます。ただひたすらにしっかりするだけです。
私には全く関係の無い話です。そんな不安定な不安満載の他人が問題なだけです。
私は色んな事をやったぐらいしかありません。それで色んな事をやるぐらいしかありません。
それが私の経験です。それぐらい人生が違うだけです。
それなりに競争も勝ち抜いてきました。全ては本人の責任です。他人の問題じゃあありません。
それなのに比較されて迷惑です。ひたすらやる事やってこなかっただけです。
それなのに四十年間ぐらい取り戻せるのでしょうか?私には果てしない世界だとしか思えません。
これ以上私はどうしたらいいのでしょう?若い人に勇気を持ってもらうぐらいしかありません。
あんまり四六時中プログラムの事考える気力がありません。
それでも私に出来る事があるかもしれない。それが仕事のように思います。
そんな事があるか無いかぐらいしかない。それは本人の問題であって他人の問題じゃあない。
それなのに他人と比較しようとする。そうしないと勝てないからである。
それでようやく勝てると思っている。そんな軟弱を私はどうしようもない。
それが本音である。
<<追記end

スマホのブログ

三島SNSのブログ

2019年5月18日(土) 韮山駅からJRさわやかウォーキング



<<追記20190518
今日は韮山駅から伊豆長岡駅までだった。
蛭ヶ小島を通って代官屋敷と反射炉がコースだった。
韮山城はパスした。途中小雨が降ってきた。
それでも今日も元気になれたかなと思う。

どこまで一人の正義が実現しない事が私に何の関係があるのかわからない。
どうしてそれで絶対になるのかチンプンカンプンである。
ひたすらに私には関係が無い。
私は私でやる事やって信頼を勝ち取るしかない。
一人の言ってる事なんてどうでもいい。
それを先生がしいるのは小中学校の再現である。
そんな事よりこんな事出来るよねあんな事出来るよねの方が大事である。
正義なんて一方的と言うより多面的である。
そんな事考えて生きていない。それより楽しく生きるだけである。
それが勉強にも仕事にもならんのに本当にそれを正義と呼べるのか
私には理解不能である。もう考える人が間違っている。
それは私にしてもお手上げである。もっと真面目に考えないと成立しない。
それは私の考える事じゃあ無い。ただ私にあるのはやる事やるだけである。
それが私が信頼を勝ち取る術である。

あんまりにも文句と能書きが多過ぎる。そんな事考えなくても生きていける。
それが不可能な人が抵抗しているだけである。
それなのに何でそれが常識になるのか私にはチンプンカンプンである。
私としては一切関係無い生活がしたい。
それが私の欲求である。迷惑の何ものでもない。
もめ事より平和を好む。つまらない文句聞いてると疲れてくる。
平和に暮らせる方法の方が最適である。
それなのにどうして一人の正義がそんなに大事なのか私は理解に苦しむ。
それも迷惑なのにである。一匹の蚊みたいである。
そんなに人間はバカなのかと思う。もっと良識のある人間とは何なのか理解不能である。
それが勉強にも仕事にもあらわれているのに私には無抵抗である。
どうしようもないねえぐらいしかない。
そんなんよりどうやって愛があって努力してこころざすのかそして楽しむのか
一日一日一歩ずつ苦手の事を先に小さな日課を積み重ね
様々な事を気分転換のように一日一日進め新たな作戦がまた朝に思いつく。
そんな事にどうして他人が関係あるのか私にはわからない。
もっと立派に生きれるのにどうして下等に生きる必要があるのかわからない。
そんなに人間はバカなのか私にはわからない。
それを私がどうやって表現すればいいのかわからない。
迷惑の極みである。そんなのと関係無い生活がしたい。ただそれだけである。

それでも明日はやってくる。
ボチボチやりたい。
<<追記20190518end

<<追伸
韮山駅から伊豆長岡駅までだった。最後の方は少し小雨が降った。
気持ちは何となくどうしようない気持ちである。
それがどうして小中学校の再現をくり返すのかあきれ果ててる。
やっぱり教育の失敗だと思う。先生は反省した方がいい。
それぐらい都会には優劣が激しい。
自然が無いからか私には何故か考えてもわからない。
当たり前が当たり前じゃあ無い。
当たり前に済まない自分勝手のせいなのか無責任のせいなのか
何故かわからない。
自分を支配する夢のような生活のせいか
ひのき舞台にいるような気はすると思う。
田舎だとあんまり自分が主役というよりは自然の方が主役のような気もする。
それか都会だと自分と同じ人間がたくさんいると錯覚するからかもしれない。
あんまり個人を尊重する雰囲気が無い。
都会の方が自分ありきである。賢い人は賢いけどバカはバカというのが私の実感である。
なので話の合う人と合わない人が明確にわかれる。
それで都会は平気である。何か都会のジャングルのようである。
それなのに私を振り回している。みんなお手上げだからだろうと思う。
まさに貧乏くじである。それぐらい自分勝手である。要するに自分さえ良ければいいのである。
それが都会のすみかである。
<<追伸end

三島SNS

Blogger

Facebook

スマホのブログ<---つけたし

三島SNSのブログ<---つけたし

2019年5月17日(金) ツイッターより+8 近況



<<追記20190517
今日も仕事した。夕食の買物して帰った。それでも定刻通り帰れた。
小中学校の頃から大体の予想はついているのにズルズルいっているのは
ただひたすらに無駄な時間を使っているだけである。
それに気づかない。ただそれだけである。
それを私にはどうしようもない。
ひたすらに関係の無い人生を送りたい。それが小中学校の再現である。
それをしいている先生も頭がおかしい。
本当に理想はボロボロである。せめて私だけでも理想を追求してきた。
それが今につながっている。出来るだけ理想と現実を見てきたつもりでいる。
それが私の理論家としての人生だった。それもマイペースで大学入試も受けたし
大学院入試も受けた。本当にツライ病気だったけど何とか卒業修了した。
徹夜で勉強したのは高校から大学院まで何度もあった。
大学を出てからもプログラムの理解やら物理の再整理を私の頭でくり返した。
大学院にいた頃に温度の次元を見つけたが
正直物理が信じられなかった。それが信じられるまでになったのは
さらに次元を追加して究極の理論になりそうだからである。
あらゆる力が表現出来るとは物理の念願の結晶である。
ニュートン力学解析力学量子力学
流体力学熱力学統計力学そういった力学が物理の歴史だった。
それが相対論によって統一場理論的である。
大学院にいた頃は量子力学と相対論の相性が悪いと聞いていた。
それが温度の次元ぐらいがのぞみの綱だった。
それがあらゆる力を分類しているうちに次元になる直感が働いた。
それからも色々頭を冷やしてこの理論の将来を考えている。
でも私がそれを私が意欲的だったのは新たなエネルギー保存則が必要だったからである。
それは私の永久機関に悩んでいたからである。
そうやって普遍性に私は取り組んで解決を試みた。
そこまでが私の四十年間ぐらいの歴史である。

それでもう最高四十年ぐらいしか私には残されていない。
私の同年代で私の四十年をくり返せるだろうかあとはひたすら経験しかない。
若い時より体力が落ちたように思う。やる事は一歩一歩である。
出来る事は一歩一歩に持ち込む事である。

大体小中学校の頃の話から脱線したままである。
そんな人生と比べて何になるのかわからない。
そうやって先生がしいるのは犯罪である。
もうあるのは楽しく生きるしかない。ここまで私の人生は楽しいものであった。
これからもそういう人生を送りたい。それは小中学校の頃から比較にならない。
私は私で理論家の役目を果たした。
この重い面白い人生に病気があってもへこたれなかった。
それを社会は重く受け止めるべきである。人間ここまで病気でもやれるのである。
人間に必要なのは生活と時間と本である。
それが最低あれば何とかなる。それを物語っていると思う。

それでも明日はやってくる。
ボチボチやりたい。
<<追記20190517end

短歌十首更新 ---> wakkii.umu.cc/poem_road/2019_5.html … 


---> 五月から令和はじまる改元にあらたまるものそれぞれかしら 行月 
---> 汗かいてたまらぬ思い五月あり息つく暇も残念至極 行月 
---> 反省ものりこえつつも課題ありうまくいくまで続くものかな 行月 
---> 連休のやる事どこかウソのよう元気あるならボチボチかしら 行月 
---> めでたくて五月をむかえ歩くなり健康祈る静岡かしら 行月 
---> 汗をかきウグイス鳴いてこたえありあの青空も鏡そのもの 行月 
---> たくましく富士宮にも日本晴令和にはいり新時代かな 行月 
---> 歩いても気の済むように話ありそんな元気が新時代かな 行月 
---> 焼津にも疲れ残してあとにするよみがえるほど夏の夢かな 行月 
---> ゆっくりし連休終わる気合あり何とかなるさ思い残して 行月 


/*雨の中*/
/*どうなる事か*/
/*仕事あり*/
/*一歩一歩の*/
/*くり返しかな*/

/*生きるとは*/
/*不思議なものよ*/
/*唱えても*/
/*わかりあえない*/
/*おもいを胸に*/

俳句九句更新 ---> wakkii.umu.cc/poem_road/2019_5.html … 


---> 我が身にもイチゴのパンチはじけてる 行月 
---> 峠にもまだまだかしら夏近し 行月 
---> 目の前のやる事多く夏隣 行月 
---> ウグイスよお前にこたえ勇気かな 行月 
---> めでたくてあちらこちらにツツジあり 行月 
---> 椿にも再び会える元気かな 行月 
---> ウグイスやつややかな声響くかな 行月 
---> バラのある商店街に心かな 行月 
---> 歩くうち富士にみとれて富士宮 行月 


/*なんべんも*/
/*元気唱える*/
/*夏の朝*/

/*蛙鳴く*/
/*出会いはどこか*/
/*旅の跡*/

Blogger

Facebook


[バックナンバー] [目次] [トップ]

Akiary v.0.61